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優勝記念コラム:浦和レッズレディースが頂点に立った日
【レッズレディースの悲願。特別な一戦】
あれから6年が経った。
普段は人がいないはずのバックスタンドにもファン・サポーターが集っている。勝てば2020プレナスなでしこリーグ1部優勝。浦和駒場スタジアムで特別な一戦が行われた。
浦和レッズレディース史上初めてのことと表現してもいいだろう。レッズレディースとして初めて優勝した2009年は、アウェイでの試合で勝利した後、他会場の結果によって優勝が決まった。2014年は浦和駒場スタジアムで優勝を決めたが、大差で負けなければいいという状況の中、0-1で敗れて優勝が決まった。
浦和駒場で勝って優勝を決める。それはレッズレディースの悲願だった。
キックオフ2時間20分前の11時40分、選手たちを乗せた赤いチームバスが浦和駒場スタジアムに到着した。マスクをしているが、選手たちの表情は明るい。緊張感は感じられなかった。
ただ、キックオフ前後の様子は少し変わっていたようだ。
「選手は少し緊張気味なところもありました」。
そう明かしたのは森 栄次監督だった。森監督は「一戦一戦、目の前の相手を倒すだけ」「3試合のうち1試合でも勝てばいいんだよ」とこれまでと同じ言葉を掛け、選手たちをリラックスさせた。
選手たちもそれは分かっていた。しかし、この試合はやはり特別だった。それを説いたのは、個人として2度、なでしこリーグを制した経験があり、なでしこジャパンやブンデスリーガでも活躍したチーム最年長の安藤 梢だった。
「自分たちがやってきたことに自信を持っていつも通りの一戦という気持ちで試合に臨みました。でも、『一戦一戦』と言いながらもやはり今日の試合、浦和駒場で決めたいというかなり強い思いがありました」
【レッズレディースらしく決めた優勝】
12時ごろには日差しが出て暖かさを感じられた浦和駒場スタジアムだったが、14時前には上空に雲が広がっていた。
13時56分、チームの先頭を歩くキャプテンの柴田華絵が一礼し、ピッチに入場した。13時58分、ベンチ前に選手たちが集まると、スタンドは静寂に包まれた。そしてスタッフも含めてベンチに入る全員で円陣を組む。大きな掛け声がピッチに響くと、スタンドから大きな拍手が送られた。
キックオフ直後は少し硬さがあった。開始4分、相手がコーナーキックを得る。レッズレディースにとっては最初のピンチだった。すると、メインスタンドのピッチから見て右端の方から手拍子が鳴った。
その約3時間前。スタジアムの外から同じ音が聞こえていた。ファン・サポーターが少し距離を取りながら円陣になり、手拍子の練習をしていたのだ。そして本番になるとその音は、練習していた彼らだけから発せられるのではなく、少しずつ大きくなり、スタンドを包んでいった。
「これだけ女子サッカーのファン・サポーターがいる。それはレッズレディースが世界に誇れることだと思います」(安藤)。
柴田が相手のショートコーナーからドリブル突破を図る相手とボールの間に体を入れてマイボールにすると、スタンドから大きな拍手が送られた。そしてレッズレディースは本来の姿を取り戻していく。
9分、今度はレッズレディースのコーナーキック。猶本 光がゴール前に送ったボールは相手にクリアされたが、こぼれ球に反応した柴田が右足を振り抜く。柴田のシュートは相手にブロックされたが、こぼれ球を清家貴子がつなぐ。
最後に押し込んだのは長船加奈だった。先を読む力や高さを含めた体の強さで事実上の2バックの守備を機能させているだけではなく、巧みなビルドアップで攻撃の起点になり、今季のレッズレディースをまさにチームの底で支えた長船が、今季初ゴールで先制をもたらした。フィールドプレーヤー全員が歓喜の輪を作った。
22分には昨年からのレッズレディースの特長である鮮やかでハイテンポなパス回しから塩越柚歩がミドルシュートを決め、36分には水谷有希が自ら得たPKを成功。40分には失点したものの、43分にはこれも特長の一つである高い位置でのボール奪取から猶本がゴールを決めた。
前半を終えた選手たちは、前半終了間際から差していた西日を受けながらピッチを後にした。スタンドからは大きな拍手が送られる。それは最後に引き上げる水谷の姿が完全に消えるまで続いていた。
「0-0の気持ちで」。
どんな点差でハーフタイムを迎えようともそんな言葉を掛け合っているというレッズレディースは、3点をリードして迎えた後半も変わらなかった。
それは戦いぶりだけではない。48分には右からのコーナーキックの後に左からのコーナーキックが続いたが、キッカーの猶本とショートコーナーの準備に入る水谷は急いで次のコーナーへ向かった。選手交代の際に引き上げる選手はタッチラインまで走っていた。リードしても気を緩めない。どんな状況でも0-0の気持ちでピッチに立つ。そして相手をリスペクトする。そんな彼女たちの気持ちが表れているようだった。
63分には水谷の素早いリスタートから安藤が個人技で突破すると、ペナルティーエリア内に侵入して左足でシュート。フィールドプレーヤー全員から祝福された安藤だったが、輪から離れると進行方向を変えた。
安藤が笑顔で向かうその行先には、6人が並んで手招きする控え選手たちがいた。ピッチに立つ11人だけではない。メンバーの18人だけでもない。レッズレディースはチーム全員で戦い、頂点に立とうとしていた。
最後までレッズレディースらしい戦いを貫き続けた。アディショナルタイムにはスタンドから手拍子が起こり、その範囲と音は次第に大きくなっていく。そしてアディショナルタイムが3分を超えたとき、荒川里実主審の長いホイッスルが鳴った。スタンドから大きな拍手が起こった。
浦和レッズレディースが6年ぶり3度目のなでしこリーグ優勝を果たした。
選手たちは両手を突き上げる。笑顔の選手もいれば、安堵したような表情を見せる選手もいた。ハイタッチし、抱擁する。スタンドからはより一層、大きな拍手が送られた。そして愛媛FCレディースの選手たち、審判団と共にスタンドに挨拶すると、選手たちの笑顔が弾けた。
【ファン・サポーターと勝ち取ったメダル】
安藤のリーグ200試合出場セレモニーを経て、16時20分から優勝セレモニーが開始された。選手たちがメダルを受け取ると、上空にはヘリコプターが飛んでいた。地上で行われていることとは関係ないはずのヘリコプターも、まるでレッズレディースを祝福しているようだった。
キックオフからちょうど2時間半後の16時30分、優勝セレモニーのメインイベントを迎えた。
優勝カップを持った柴田がチームメイトと優勝記念ボードの前に出てしゃがみ混む。池田咲紀子や菅澤優衣香が笑顔でボードを叩く。
しかし、いつもとは勝手が違っていた。本来であればファン・サポーターの「おー」という地鳴りのような声とともにカップを掲げるが、新型コロナウイルスの影響で声は出せない。「どうすればいいの?」。選手からそんな声も上がった。
すると、ファン・サポーターは声を手拍子に変えた。選手たちの表情は困惑から一気に破顔する。チームメイトの声とともに、柴田は力強く優勝カップを掲げた。
柴田が2度カップを掲げた後、ボードの前にやってきたのは高橋はなだった。しかし、高橋がカップを掲げても周りはノーリアクション。もう1度掲げても、高橋ただ一人の歓声がピッチに響き渡るだけだった。
レッズレディースが優勝から遠ざかっている間、トップチームでは、昨年まで所属していた森脇良太(現京都サンガF.C.)が行っていた『伝統芸』。宇賀神友弥からは「他のメンバーたちの顔が笑顔なのはマイナスポイント」とSNS上で愛あるダメ出しを受けたが、選手たちは『伝統芸』でも喜びを隠しきれなかった。
セレモニーを終え、選手たちはスタジアムを一周した。チームメイトから少し離れて先頭を歩いていた猶本は、メダルをスタンドに見せ続けていた。
「ファン・サポーターと一緒に優勝するという思いが強かった」(安藤)
メダルを受け取ったのはチーム。しかしそれは、「世界に誇れる」ファン・サポーターと共に勝ち取ったものだった。
浦和レッズレディースをいつも支えてくださっているファン・サポーター、パートナー企業、ホームタウンのみなさん、応援ありがとうございました。そして、優勝おめでとうございます。
あれから6年が経った。
普段は人がいないはずのバックスタンドにもファン・サポーターが集っている。勝てば2020プレナスなでしこリーグ1部優勝。浦和駒場スタジアムで特別な一戦が行われた。
浦和レッズレディース史上初めてのことと表現してもいいだろう。レッズレディースとして初めて優勝した2009年は、アウェイでの試合で勝利した後、他会場の結果によって優勝が決まった。2014年は浦和駒場スタジアムで優勝を決めたが、大差で負けなければいいという状況の中、0-1で敗れて優勝が決まった。
浦和駒場で勝って優勝を決める。それはレッズレディースの悲願だった。
キックオフ2時間20分前の11時40分、選手たちを乗せた赤いチームバスが浦和駒場スタジアムに到着した。マスクをしているが、選手たちの表情は明るい。緊張感は感じられなかった。
ただ、キックオフ前後の様子は少し変わっていたようだ。
「選手は少し緊張気味なところもありました」。
そう明かしたのは森 栄次監督だった。森監督は「一戦一戦、目の前の相手を倒すだけ」「3試合のうち1試合でも勝てばいいんだよ」とこれまでと同じ言葉を掛け、選手たちをリラックスさせた。
選手たちもそれは分かっていた。しかし、この試合はやはり特別だった。それを説いたのは、個人として2度、なでしこリーグを制した経験があり、なでしこジャパンやブンデスリーガでも活躍したチーム最年長の安藤 梢だった。
「自分たちがやってきたことに自信を持っていつも通りの一戦という気持ちで試合に臨みました。でも、『一戦一戦』と言いながらもやはり今日の試合、浦和駒場で決めたいというかなり強い思いがありました」
【レッズレディースらしく決めた優勝】
12時ごろには日差しが出て暖かさを感じられた浦和駒場スタジアムだったが、14時前には上空に雲が広がっていた。
13時56分、チームの先頭を歩くキャプテンの柴田華絵が一礼し、ピッチに入場した。13時58分、ベンチ前に選手たちが集まると、スタンドは静寂に包まれた。そしてスタッフも含めてベンチに入る全員で円陣を組む。大きな掛け声がピッチに響くと、スタンドから大きな拍手が送られた。
キックオフ直後は少し硬さがあった。開始4分、相手がコーナーキックを得る。レッズレディースにとっては最初のピンチだった。すると、メインスタンドのピッチから見て右端の方から手拍子が鳴った。
その約3時間前。スタジアムの外から同じ音が聞こえていた。ファン・サポーターが少し距離を取りながら円陣になり、手拍子の練習をしていたのだ。そして本番になるとその音は、練習していた彼らだけから発せられるのではなく、少しずつ大きくなり、スタンドを包んでいった。
「これだけ女子サッカーのファン・サポーターがいる。それはレッズレディースが世界に誇れることだと思います」(安藤)。
柴田が相手のショートコーナーからドリブル突破を図る相手とボールの間に体を入れてマイボールにすると、スタンドから大きな拍手が送られた。そしてレッズレディースは本来の姿を取り戻していく。
9分、今度はレッズレディースのコーナーキック。猶本 光がゴール前に送ったボールは相手にクリアされたが、こぼれ球に反応した柴田が右足を振り抜く。柴田のシュートは相手にブロックされたが、こぼれ球を清家貴子がつなぐ。
最後に押し込んだのは長船加奈だった。先を読む力や高さを含めた体の強さで事実上の2バックの守備を機能させているだけではなく、巧みなビルドアップで攻撃の起点になり、今季のレッズレディースをまさにチームの底で支えた長船が、今季初ゴールで先制をもたらした。フィールドプレーヤー全員が歓喜の輪を作った。
22分には昨年からのレッズレディースの特長である鮮やかでハイテンポなパス回しから塩越柚歩がミドルシュートを決め、36分には水谷有希が自ら得たPKを成功。40分には失点したものの、43分にはこれも特長の一つである高い位置でのボール奪取から猶本がゴールを決めた。
前半を終えた選手たちは、前半終了間際から差していた西日を受けながらピッチを後にした。スタンドからは大きな拍手が送られる。それは最後に引き上げる水谷の姿が完全に消えるまで続いていた。
「0-0の気持ちで」。
どんな点差でハーフタイムを迎えようともそんな言葉を掛け合っているというレッズレディースは、3点をリードして迎えた後半も変わらなかった。
それは戦いぶりだけではない。48分には右からのコーナーキックの後に左からのコーナーキックが続いたが、キッカーの猶本とショートコーナーの準備に入る水谷は急いで次のコーナーへ向かった。選手交代の際に引き上げる選手はタッチラインまで走っていた。リードしても気を緩めない。どんな状況でも0-0の気持ちでピッチに立つ。そして相手をリスペクトする。そんな彼女たちの気持ちが表れているようだった。
63分には水谷の素早いリスタートから安藤が個人技で突破すると、ペナルティーエリア内に侵入して左足でシュート。フィールドプレーヤー全員から祝福された安藤だったが、輪から離れると進行方向を変えた。
安藤が笑顔で向かうその行先には、6人が並んで手招きする控え選手たちがいた。ピッチに立つ11人だけではない。メンバーの18人だけでもない。レッズレディースはチーム全員で戦い、頂点に立とうとしていた。
最後までレッズレディースらしい戦いを貫き続けた。アディショナルタイムにはスタンドから手拍子が起こり、その範囲と音は次第に大きくなっていく。そしてアディショナルタイムが3分を超えたとき、荒川里実主審の長いホイッスルが鳴った。スタンドから大きな拍手が起こった。
浦和レッズレディースが6年ぶり3度目のなでしこリーグ優勝を果たした。
選手たちは両手を突き上げる。笑顔の選手もいれば、安堵したような表情を見せる選手もいた。ハイタッチし、抱擁する。スタンドからはより一層、大きな拍手が送られた。そして愛媛FCレディースの選手たち、審判団と共にスタンドに挨拶すると、選手たちの笑顔が弾けた。
【ファン・サポーターと勝ち取ったメダル】
安藤のリーグ200試合出場セレモニーを経て、16時20分から優勝セレモニーが開始された。選手たちがメダルを受け取ると、上空にはヘリコプターが飛んでいた。地上で行われていることとは関係ないはずのヘリコプターも、まるでレッズレディースを祝福しているようだった。
キックオフからちょうど2時間半後の16時30分、優勝セレモニーのメインイベントを迎えた。
優勝カップを持った柴田がチームメイトと優勝記念ボードの前に出てしゃがみ混む。池田咲紀子や菅澤優衣香が笑顔でボードを叩く。
しかし、いつもとは勝手が違っていた。本来であればファン・サポーターの「おー」という地鳴りのような声とともにカップを掲げるが、新型コロナウイルスの影響で声は出せない。「どうすればいいの?」。選手からそんな声も上がった。
すると、ファン・サポーターは声を手拍子に変えた。選手たちの表情は困惑から一気に破顔する。チームメイトの声とともに、柴田は力強く優勝カップを掲げた。
柴田が2度カップを掲げた後、ボードの前にやってきたのは高橋はなだった。しかし、高橋がカップを掲げても周りはノーリアクション。もう1度掲げても、高橋ただ一人の歓声がピッチに響き渡るだけだった。
レッズレディースが優勝から遠ざかっている間、トップチームでは、昨年まで所属していた森脇良太(現京都サンガF.C.)が行っていた『伝統芸』。宇賀神友弥からは「他のメンバーたちの顔が笑顔なのはマイナスポイント」とSNS上で愛あるダメ出しを受けたが、選手たちは『伝統芸』でも喜びを隠しきれなかった。
セレモニーを終え、選手たちはスタジアムを一周した。チームメイトから少し離れて先頭を歩いていた猶本は、メダルをスタンドに見せ続けていた。
「ファン・サポーターと一緒に優勝するという思いが強かった」(安藤)
メダルを受け取ったのはチーム。しかしそれは、「世界に誇れる」ファン・サポーターと共に勝ち取ったものだった。
浦和レッズレディースをいつも支えてくださっているファン・サポーター、パートナー企業、ホームタウンのみなさん、応援ありがとうございました。そして、優勝おめでとうございます。